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東京高等裁判所 昭和48年(ラ)805号 決定 1974年6月25日

抗告人(原審申立人) 甲野太郎

右代理人弁護士 糸賀悌治

相手方(原審相手方) 乙山花子

事件本人(原審事件本人) 乙山咲子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原審判を取り消す。本件を水戸家庭裁判所土浦支部に差し戻す。」との裁判を求め、その理由として、別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

本件記録に綴られている抗告人、相手方の各戸籍謄本、水戸家庭裁判所土浦支部家庭裁判所調査官滝沢昭三作成の調査報告書の各記載を総合すると、

1  抗告人(昭和一二年一一月一九日生)と相手方(昭和二二年二月一日生)とは、昭和四五年二月一六日婚姻の届出をし、両名の間に同年一二月二二日事件本人が生れたが、昭和四七年一二月二〇日協議離婚の届出をした。抗告人及び相手方は、婚姻後前記○○町の抗告人方で生活し抗告人の父母とも同居していたが、相手方は昭和四六年一〇月初め頃、○○町役場に勤務する抗告人が婚姻前親しかった同じ職場に勤務する丙川春子とまだ交際していることを知り、また相手方と抗告人の父母との折れ合いがよくなかったこともあって、同月末頃事件本人を伴って本籍地の実家に赴き爾後夫婦別居をし、その後相手方の申立により夫婦関係調整につき調停が行われたが不調に終り、前記のように協議離婚をするに至った。その際双方が事件本人に対する親権を主張して対立したが、抗告人は相手方を事件本人の親権者に指定することを承諾し、相手方が事件本人の親権者と定められた。

2  相手方は、昭和四八年一月八日、事件本人の親権者として抗告人に対し扶養料請求の調停を水戸家庭裁判所土浦支部に申立て同年六月までの間数回にわたり調停が試みられたが、抗告人は引取扶養を主張し、相手方は扶養料の支払を求めて互いに譲らず、同年六月一五日調停は不調に終って審判に移行した。そして、同事件につき調査が開始されると抗告人は事件本人を引き取って扶養するとの主張を強めて、本件申立をした。

3  事件本人は、未だ三才であり、相手方(母)の実家の一員として、その父(五六才)、母(五四才)、姉夫婦、及びその子(六才、四才)と生活を共にし、家族全員と親和し、相手方の父所有の土地上に建築された同人所有の二階建居宅(六畳三間、四・五畳、八畳各二間)の中二階八畳、四・五畳各一間を専用としてあてがわれ、相手方とともに生活している。相手方の父は大工、相手方の姉は美容業を営み、その夫は会社員で、相手方は、美容師資格もあり、右姉の美容業(自家営業)を手伝いつつ、事件本人の監護養育に当り、経済的に中程度の安定した生活を営んでいる。抗告人は、その父(六四才)、母(六〇才)とともに右父所有の六、七〇年前に建てられた居宅(六畳三間、八畳一間、一二畳一間)に居住し、○○町○○課○○係長で、その父母は農業を営み、一家の生活は中程度で安定している。ところで、事件本人は、昭和四六年一〇月末頃から父と別居した母とともに母の実家に居住し、その養育を受け、父の顔も知らない頃父と別れ、以後父と会ったことがなく母になついている。

以上の事実関係のもとにおいて、事件本人は未だ幼少で、父母の離婚の一年以上前父と別れ、以来母の監護のもとに母の父母、姉夫婦、その子らと仲良く平穏な生活をしているのであるから、事件本人をして引続き母のもとで監護養育を受けさせ、現在の環境を変更しないことがその福祉に合致するものというべく、母が監護教育するのを不適当とする特別の事情の認められない本件において監護教育の担当を母から父に変更すべき理由はない。抗告人は、抗告人が相手方を事件本人の親権者に指定することに承諾したのは、相手方が抗告人に対して養育料を請求しないことを約束したからであるところ、相手方が抗告人に対し養育料すなわち扶養料の請求をしているのは扶養能力に欠けるからであり、このような相手方から扶養能力のある父である抗告人に親権者を変更すべきであると主張する。しかし、親権者の変更は、もっぱら子の利益のために必要がある場合にのみなさるべきであるところ、親権は子の監護教育に関する権利義務を内容とするものであって、離婚した父母が親権の有無にかかわらず原則として資力に応じ社会的地位にふさわしい扶養義務を子に対して負うこととは別個に考えるべく、そうとすれば、抗告人の主張する親権者指定の経緯は問題でなく、むしろ幼児の健全な成長に生活費のみではなく情操面を重視すべきであるから、前記事実関係に照らせば、抗告人は事件本人を引き取っても、勤務の関係から事件本人との接触に時間的制約を受けるのに比し、相手方はたとえ扶養能力の点で抗告人に多少劣っていても、常時事件本人と接触して監護教育し得る利点があることを考慮すれば、母である相手方に事件本人の監護教育を不適当とし、ひいて親権者の変更を必要とする特別の事情があるものとは到底認め難い。

してみれば、事件本人の親権者を抗告人に変更する旨の抗告人の本件申立を却下した原審判は相当であって、これに対する本件抗告は理由がない。よってこれを棄却すべく、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 園部秀信 兼子徹夫)

<以下省略>

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